河北新報(2020年1月8日朝刊)

はじめまして。地元学応援団です。

ようやくホームページを立ち上げることができました。

謎解きシリーズをどうやってお届けするか。執筆しながら悩んでいました。

特に、仙台に住んでいますので、奥州市の方には口コミPRすらできませんでした。

今後は、このホームページを通じて、地元の方々の貴重な情報を情報誌に反映していきたいと考えています。

よろしくお願いします。

 


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河北新報文化欄掲載されました。(2018年11月15日朝刊)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

河北新報「持論時論」に掲載されました。(2018年11月9日朝刊) 

 

 

瑞鳳殿の石碑の謎が解明

 

3月28日の河北新報の朝刊文化欄に5段の扱いで「奥州・仙台の謎解きシリーズ」が掲載されました。反響は大きく、朝から問い合わせ電話が集中しました。

 

「伊達政宗卿」に中で紹介している「高橋是清元総理大臣が揮毫した瑞宝殿の石碑」を制作したのは、高長の高橋長兵衛、高庄の高橋要、高嘉の高橋嘉兵衛のいずれか特定できずに「謎のまま」になっていました。

 

4月3日、瑞鳳殿ガイドの会のМさんから、「高橋是清の石碑の拓本作業が行われている」と連絡いただきました。

 

拓本は、聖ウルスラ学園の書道部の生徒たちが全国高等学校総合文化祭宮城大会に出展するために行われたもの。伊達家18代当主の伊達泰宗さんの立ち会いで、石碑の洗浄から進められました。磨き上げられた石碑は、文字が鮮明でした。何も書かれてないと思われていた北面も拓本をとったのですが、下部の土台近くに文字が現れたのです。そこには「石匠 高橋嘉兵衛」と彫り込まれていました。宮町の大柳良治が建立した石碑の製作者「高橋石材店」の謎解きが解明された瞬間でした。震えました。

 

仙台商工会議所創立100年記念誌によれば、現在の西公園通東側の清水建設東北支店別館の付近と思われます。現地にはすでに石材店はありません。初代嘉兵衛は仙台藩の足軽の次男。大崎八幡神社参道の右の灯篭、塩釜神社裏参道の五重の石灯籠を手掛けたそうです。二代目嘉兵衛は病弱だったが、建築石材に関心があり、大正10年に仙台土木建築請負業青年部主催の土木建築講演会に参加するなど、活躍したと伝えられています。この石碑は二代目によるものと思われます。(2017年4月4日)

 

 上姉体の天満宮

 

日本ハムファイターズの大谷翔平選手の母校、奥州市立姉体(あねたい)小学校の校章は、近くにある上姉体天満宮の「八房の梅」をデザインしたものです。

 

先日、姉体小学校の同級会で、この天満宮がなくなるという話を知りました。後継者が亡くなったためといいます。子供のころは、天満宮のお祭りは楽しみの一つでした。参道には店が並び、神楽や芝居を奉納されていました。カンテラのカーバイトの匂いも記憶しています。大きな銀杏の木も遊び場でした。固く、小さな梨の木もありました。去年の5月、訪れた際、銀杏の実を拾う人もなく、ゴロゴロしていました。神社がなくなるとは考えてもいませんでしたが、現実のようです。今思えば、維持できなくなっていたサインだったのかも知れません。3月の末、最後のお祭りで神楽を奉納するというので、写真記録を残しました。本殿の彫刻は貴重なもので、移築を検討しているといいますが、その行き先はまだ流動的。八つ房の梅もどうなるかわかりませんでした。

 

 「東風吹かば 匂いおこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ」

 

この歌を詠んだ菅原道真公の家族は、北の奥州市に流され、二人の娘にちなんだ地名が「姉体」といわれています。天満宮、八つ房の梅の行方が心配でたまりません。(2017年4月3日)